2007年01月05日

チャンピオンカーニバルとは

通算22年の歴史を持つ『チャンピオン・カーニバル』は、三冠ヘビー級選手権とはまた違った価値観を持っている。参加選手が同じスタート地点に立って過酷とも言える戦いを続け、覇権を争う姿は、毎年感動のドラマを生んでいる。この”春の祭典”は、ジャイアント馬場の「世界のチャンピオンを集めて雌雄を決したい」という壮大なる夢を現実としたもので、今も昔も全日本最大のイベントである。
◇第1回(1973年)
優勝:ジャイアント馬場
準優勝:マーク・ルーイン

◇第2回(1974年)
優勝:ジャイアント(2度目)
準優勝:ミスター・レスリング゙

◇第3回(1975年)
優勝:ジャイアント馬場(3度目)
準優勝ジン・キニスキー

◇第4回(1976年)
優勝:アブドーラ・ザ・ブッチャー
準優勝:ジャイアント馬場

◇第5回(1977年)
優勝:ジャイアント馬場(4度目)
準優勝:ジャンボ鶴田

◇第6回(1978年)
優勝:ジャイアント馬場(5度目)
準優勝:アブドーラ・ザ・ブッチャー

◇第7回(1979年)
優勝:アブドーラ・ザ・ブッチャー(2度目)
準優勝:ジャンボ鶴田

◇第8回(1980年)
優勝:ジャンボ鶴田
準優勝:ディック・スレーター

◇第9回(1981年)
優勝:ジャイアント馬場(6度目)
準優勝:ジャンボ鶴田

◇第10回(1982年)
優勝:ジャイアント馬場(7度目)
準優勝:ジャンボ鶴田、ブルーザー・ブロディ、テッド・デビアス

◇第11回(1991年)
優勝:ジャンボ鶴田(2度目)
準優勝:スタン・ハンセン

◇第12回(1992年)
優勝:スタン・ハンセン
準優勝:三沢光晴

◇第13回(1993年)
優勝:スタン・ハンセン(2度目)
準優勝:三沢光晴

◇第14回(1994年)
優勝:川田利明
準優勝:スティーブ・ウイリアムス

◇第15回(1995年)
優勝:三沢光晴
準優勝:田上明

◇第16回(1996年)
優勝:田上明
準優勝:スティーブ・ウイリアムス

◇第17回(1997年)
優勝:川田利明(2度目)
準優勝:三沢光晴、小橋健太

◇第18回(1998年)
優勝:三沢光晴(2度目)
準優勝:秋山準

◇第19回(1999年)
優勝:ベイダー
準優勝:小橋健太

◇第20回(2000年)
優勝:小橋健太
準優勝:大森隆男

◇第21回(2001年)
優勝:天龍源一郎
準優勝:太陽ケア

◇第22回(2002年)
優勝:武藤敬司
準優勝:マイク・バートン

◇第23回(2003年)
優勝:小島聡
準優勝:嵐

◇第24回(2004年)
優勝:武藤敬司(2度目)
準優勝:佐々木健介

◇第25回(2005年)
優勝:佐々木健介
準優勝:ジャマール

◇第26回(2006年)
優勝:太陽ケア
準優勝:諏訪

◇第27回(2007年)
優勝:武藤敬司
準優勝:川田利明
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PWFルールとは

1972年、日本プロレスから独立したジャイアント馬場(故・馬場正平氏)が10月20日、力道山家から、力道山ゆかりのチャンピオン・ベルトを寄贈され、馬場はその王座の争奪戦を提唱。10月22日の、ブルーノ・サンマルチノ戦を皮切りに、馬場と世界の強豪達との王座争奪戦が始まる。 1973年2月3日、馬場は当時世界最大規模であったNWAへの加入が認可される。同年2月27日、王座争奪戦全10戦を8勝0敗2分の成績をのこした馬場は、力道山家総意の下、力道山ゆかりのベルトを獲得。3月16日、馬場はNWAの認可の下、この王座を認定する本部をロード・ブレアース氏と共に米国ハワイ州ホノルルに設立。PWF(太平洋沿岸レスリング同盟)が発足され、PWF初代王者に君臨した。
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2007年01月04日

世界最強タッグとは

1977年の「世界オープンタッグ選手権」に代わり、タッグマッチのリーグ戦で勝負する「世界最強タッグ決定リーグ戦」。今では年末恒例のシリーズとなっている。その名の通り、タッグ最強チームを決定する大会なのだが、数々の名コンビは世代を超えて今でもなお語り継がれていくのは、シングルにはないタッグの魅力である。
◇第1回(1978年)
優勝:ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田組
準優勝:ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組

◇第2回(1979年)
優勝:ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組
準優勝:ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田組

◇第3回(1980年)
優勝:ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田組(2度目)
ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組

◇第4回(1981年)
優勝:ブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組
準優勝:ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田組、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組

◇第5回(1982年)
優勝:ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組(2度目)
準優勝:ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田組、スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組

◇第6回(1983年)
優勝:スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組
準優勝:ジャイアント馬場&ドリー・ファンク・ジュニア組、ジャンボ鶴田&天龍源一郎組

◇第7回(1984年)
優勝:ジャンボ鶴田&天龍源一郎組
準優勝:スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組、ハリー・レイス&ニック・ボックウインクル組

◇第8回(1985年)
優勝:スタン・ハンセン&テッド・デビアス組
準優勝:ジャイアント馬場&ドリー・ファンク・ジュニア組
ジャンボ鶴田&天龍源一郎組、長州力&谷津嘉章組、ハリー・レイス&ジェシー・バー組

◇第9回(1986年)
優勝:ジャンボ鶴田&天龍源一郎組(2度目)
準優勝:スタン・ハンセン&テッド・デビアス組

◇第10回(1987年)
優勝:ジャンボ鶴田&谷津嘉章組
準優勝:天龍源一郎&阿修羅・原組、スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組、 ブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組

◇第11回(1988年)
優勝:スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組
準優勝:ジャンボ鶴田&谷津嘉章組

◇第12回(1989年)
優勝:天龍源一郎&スタン・ハンセン組
準優勝:ジャンボ鶴田&谷津嘉章組

◇第13回(1990年)
優勝:テリー・ゴディ&スティーブ・ウイルアムス組
準優勝:スタン・ハンセン&ダニー・スパイビー組

◇第14回(1991年)
優勝:テリー・ゴディ&スティーブ・ウイルアムス組(2度目)
準優勝:ジャイアント馬場&アンドレ・ザ・ジャイアント組、ジャンボ鶴田&田上明組、 スタン・ハンセン&ダニー・スパイビー組

◇第15回(1992年)
優勝:三沢光晴&川田利明組
準優勝:テリー・ゴディ&スティーブ・ウイルアムス組、スタン・ハンセン&ジョニー・エース組

◇第16回(1993年)
優勝:三沢光晴&小橋健太組
準優勝:スタン・ハンセン&ジャイアント馬場組

◇第17回(1994年)
優勝:三沢光晴&小橋健太組(2度目)
準優勝:スタン・ハンセン&ジャイアント馬場組、川田利明&田上明組

◇第18回(1995年)
優勝:三沢光晴&小橋健太組(3度目)
準優勝:川田利明&田上明組

◇第19回(1996年)
優勝:川田利明&田上明組
準優勝:三沢光晴&秋山準組

◇第20回(1997年)
優勝:川田利明&田上明組(2度目)
準優勝:三沢光晴&秋山準組

◇第21回(1998年)
優勝:小橋健太&秋山準組
準優勝:スタン・ハンセン&ベイダー組

◇第22回(1999年)
優勝:小橋健太&秋山準組(2度目)
準優勝:スタン・ハンセン&田上明組

◇第23回(2000年)
優勝:スティーブ・ウイルアムス&マイク・ロトンド組
準優勝:川田利明&渕正信組

◇第24回(2001年)
優勝:武藤敬司&太陽ケア組
準優勝:川田利明&長井満也組

◇第25回(2002年)
優勝:小島聡&太陽ケア組
準優勝:武藤敬司&アニマル・ウォリアー組、天龍源一郎&ビッグ・ジョン・テンタ組

◇第26回(2003年)
優勝:小島聡&カズ・ハヤシ組
準優勝:ジャマール&ジャスティン・クレディブル組

◇第27回(2004年)
優勝:太陽ケア&ジャマール組
準優勝:小島聡&カズ・ハヤシ組

◇第28回(2005年)
優勝:ババ・レイ&ディーボン
準優勝:武藤敬司&曙組

◇第29回(2006年)
優勝:小島聡&天山広吉
準優勝:諏訪魔&RO'Z
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アジアタッグ王者とは

 1988年6月10日、日本武道館大会で、PWF認定世界タッグ王者チームのジャンボ鶴田・谷津嘉章組がインターナショナルタッグ王者チームのロード・ウォリアーズとの統一戦に勝利を収める。2日後の12日に渡米したジャイアント馬場はNWA・PWFのトップと会談を持つ。日本に帰国した馬場は6月27日に記者会見を行い、NWA・PWFの了解を得て、統一タッグ王座を世界タッグ王座と称することを発表した。
【初代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組
1988年6月10日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※PWFタッグ王者としてインタータッグ王者・ロード・ウォリアーズとの王座統一戦に勝利

【第2代】 スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組
1988年7月29日 群馬・高崎市中央体育館 防衛回数0回

【第3代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(2度目)
1988年7月31日 北海道・函館市千代ヶ台陸上競技場 防衛回数0回

【第4代】 天龍源一郎&阿修羅・原組
1988年8月29日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第5代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(3度目)
1988年8月30日 大阪府立体育会館 防衛回数0回
※『88世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第6代】 スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組(2度目)
1988年12月16日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『88世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第7代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(4度目)
1989年2月2日 米国カンサス州カンサスシティ、メモリアルホール 防衛回数7回

【第8代】 天龍源一郎&スタン・ハンセン組
1989年7月11日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数0回

【第9代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(5度目)
1989年7月22日 金沢・石川県産業展示館 防衛回数1回

【第10代】 天龍源一郎&スタン・ハンセン組(2度目)
1989年10月20日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数0回
※『89世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第11代】 天龍源一郎&スタン・ハンセン組(3度目)
1989年12月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『89世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第12代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組
1990年3月6日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第13代】 ジャンボ鶴田&ザ・グレートカブキ組
1990年7月19日 福井・武生市体育館 防衛回数0回
※90年7月30日、カブキの全日本プロレス退団により王座返上

【第14代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(2度目)
1990年12月7日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『90世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第15代】 スタン・ハンセン&ダニー・スパイビー組
1991年4月18日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第16代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(3度目)
1991年7月6日 神奈川・横須賀市総合体育館 防衛回数0回

【第17代】 三沢光晴&川田利明組
1991年7月24日 金沢・石川県産業展示館 防衛回数1回
※『91世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第18代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(4度目)
1991年12月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『91世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第19代】 ジャンボ鶴田&田上明組
1992年3月4日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『92世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第20代】 三沢光晴&川田利明組(2度目)
1992年12月4日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『92世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第21代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(4度目)
1993年1月30日 千葉県体育館 防衛回数0回

【第22代】 川田利明&田上明組
1993年5月20日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数2回

【第23代】 スタン・ハンセン&テッド・デビアス組
1993年9月3日 東京・日本武道館 防衛回数1回
※『93世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第24代】 三沢光晴&小橋健太組
1993年12月3日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『93世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝。『94世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第25代】 三沢光晴&小橋健太組(2度目)
1994年12月10日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『94世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第26代】 川田利明&田上明組(2度目)
1995年6月9日 東京・日本武道館 防衛回数3回

【第27代】 スタン・ハンセン&ゲーリー・オブライト組
1996年1月24日 長野・松本市総合体育館 防衛回数0回

【第28代】 川田利明&田上明組(3度目)
1996年2月20日 盛岡・岩手県営体育館 防衛回数0回

【第29代】 三沢光晴&秋山準組
1996年5月23日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数2回

【第30代】 スティーブ・ウィリアムス&ジョニー・エース組
1996年9月5日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第31代】 川田利明&田上明組(4度目)
1997年1月17日 長野・松本市総合体育館 防衛回数1回

【第32代】 小橋健太&ジョニー・エース組
1997年5月27日 札幌中島体育センター 防衛回数0回

【第33代】 スティーブ・ウィリアムス&ゲーリー・オブライト組
1997年7月25日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第34代】 小橋健太&ジョニー・エース組(2度目)
1997年10月4日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数0回

【第35代】 川田利明&田上明組(5度目)
1998年1月25日 神奈川・横浜文化体育館 防衛回数4回

【第36代】 小橋健太&秋山準
1999年1月7日 高知県民体育館 防衛回数1回

【第37代】 ジョニー・エース&バート・ガン組
1999年6月9日 仙台・宮城県スポーツセンター 防衛回数0回

【第38代】 大森隆男&高山善廣組
1999年7月23日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第39代】 三沢光晴&小川良成組
1999年8月25日 広島市東区スポーツセンター 防衛回数0回

【第40代】 小橋健太&秋山準組(2度目)
1999年10月23日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数2回

【第41代】 ベイダー&スティーブ・ウィリアムス組
2000年2月20日 兵庫・神戸ワールド記念ホール 防衛回数0回
※00年4月7日、ベイダーの左腕骨折により王座返上

【第42代】 川田利明&田上明組(6度目)
2000年6月9日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※大森隆男&高山善廣組との王座決定戦に勝利。00年6月16日、田上の全日本プロレス退団により王座返上

【第43代】 太陽ケア&ジョニー・スミス組
2001年1月14日 東京・後楽園ホール 防衛回数3回
※川田利明&渕正信組との王座決定戦に勝利

【第44代】 天龍源一郎&安生洋二組
2001年7月14日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第45代】 武藤敬司&太陽ケア組
2001年10月22日 新潟市体育館 防衛回数2回

【第46代】 ブライアン・アダムス&ブライアン・クラーク組
2002年7月17日 大阪府立体育会館 防衛回数1回
※アダムスのボクシング転向により王座返上

【第47代】 小島聡&太陽ケア組
2002年12月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『2002世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝し、王座獲得

【第48代】 武藤敬司&嵐組
2003年6月8日 横浜文化体育館 防衛回数5回

【第49代】 小島聡&カズ・ハヤシ組
2004年1月18日 大阪府立体育会館 防衛回数1回

【第50代】 永田裕志&ケンドー・カシン組
2004年6月12日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数0回
※04年12月12日、王座剥奪

【第51代】 太陽ケア&ジャマール組
2005年1月16日 大阪府立体育会館 防衛回数3回
※吉江豊&棚橋弘至組との王座決定戦に勝利

【第52代】 川田利明&太陽ケア組
2007年2月17日 東京・両国国技館
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2007年01月03日

世界ジュニアヘビー級王者とは

世界ジュニアヘビー級選手権の前身のタイトルはNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権であり、タイガーマスクが1986年(昭 和60年)10月28日の会津でのチャボ・ゲレロとの初防衛戦を最後にヘビー級転向を宣言し、同王座を返上した。ここでNWAインターナショナ ル王座は消滅する。だが、この歴史を引き継ぐように全日本プロレスが新たに独自のジュニア・ヘビー級王座を新設することを決めた。
【初代】 ヒロ斉藤
1986年7月31日 東京・両国国技館 防衛回数3回
※王座決定トーナメント決勝戦でブラッド・アームストロングに勝利

【第2代】 小林邦昭
1986年11月23日 東京・後楽園ホール 防衛回数1回

【第3代】 渕正信
1987年1月3日 東京・後楽園ホール 防衛回数7回

【第4代】 ジョー・マレンコ
1989年1月20日 福岡国際センター 防衛回数0回

【第5代】 マイティ井上
1989年1月25日 大阪府立体育会館 防衛回数2回

【第6代】 渕正信(2度目)
1989年3月8日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第7代】 仲野信市
1989年4月16日 東京・後楽園ホール 防衛回数0回

【第8代】 百田光雄
1989年4月20日 大阪府立体育会館 防衛回数2回

【第9代】 ジョー・マレンコ(2度目)
1989年7月1日 埼玉・大宮市民体育館 防衛回数2回

【第10代】 渕正信(3度目)
1989年10月20日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数14回

【第11代】 ダニー・クロファット
1993年5月21日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数0回

【第12代】 渕正信(4度目)
1993年8月23日 静岡産業館 防衛回数2回

【第13代】 ダニー・クロファット(2度目)
1994年7月12日 鹿児島アリーナ 防衛回数5回

【第14代】 小川良成
1995年9月10日 東京・日本武道館 防衛回数4回

【第15代】 渕正信(5度目)
1996年6月30日 東京・後楽園ホール 防衛回数0回

【第16代】 菊地毅
1996年7月24日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第17代】 小川良成(2度目)
1997年1月15日 東京・後楽園ホール 防衛回数1回

【第18代】 マウナケア・モスマン
1997年8月22日 東京・後楽園ホール 防衛回数3回
※98年6月、ヘビー級転向により王座返上

【第19代】 小川良成(3度目)
1998年7月19日 新潟市体育館 防衛回数5回
※浅子覚との王座決定戦に勝利。00年6月、全日本プロレス退団により王座返上

【第20代】 ケンドー・カシン
2002年4月13日 東京・日本武道館 防衛回数8回
※渕正信との王座決定戦に勝利。04年2月、行方不明により王座剥奪

【第21代】 カズ・ハヤシ
2004年2月22日 東京・日本武道館 防衛回数6回
※BLUE-Kとの王座決定戦に勝利

【第22代】 TAKAみちのく
2005年1月5日 東京・後楽園ホール 防衛回数12回

【第23代】 近藤修司
2006年4月20日 東京・国立代々木競技場第二体育館 防衛回数5回

【第24代】 中嶋勝彦
2007年2月17日 東京・両国国技館 
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世界タッグ王者とは

1988年6月10日、日本武道館大会で、PWF認定世界タッグ王者チームのジャンボ鶴田・谷津嘉章組がインターナショナルタッグ王者チームのロード・ウォリアーズとの統一戦に勝利を収める。2日後の12日に渡米したジャイアント馬場はNWA・PWFのトップと会談を持つ。日本に帰国した馬場は6月27日に記者会見を行い、NWA・PWFの了解を得て、統一タッグ王座を世界タッグ王座と称することを発表した。
【初代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組
1988年6月10日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※PWFタッグ王者としてインタータッグ王者・ロード・ウォリアーズとの王座統一戦に勝利

【第2代】 スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組
1988年7月29日 群馬・高崎市中央体育館 防衛回数0回

【第3代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(2度目)
1988年7月31日 北海道・函館市千代ヶ台陸上競技場 防衛回数0回

【第4代】 天龍源一郎&阿修羅・原組
1988年8月29日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第5代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(3度目)
1988年8月30日 大阪府立体育会館 防衛回数0回
※『88世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第6代】 スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組(2度目)
1988年12月16日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『88世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第7代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(4度目)
1989年2月2日 米国カンサス州カンサスシティ、メモリアルホール 防衛回数7回

【第8代】 天龍源一郎&スタン・ハンセン組
1989年7月11日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数0回

【第9代】 ジャンボ鶴田&谷津嘉章組(5度目)
1989年7月22日 金沢・石川県産業展示館 防衛回数1回

【第10代】 天龍源一郎&スタン・ハンセン組(2度目)
1989年10月20日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数0回
※『89世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第11代】 天龍源一郎&スタン・ハンセン組(3度目)
1989年12月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『89世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第12代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組
1990年3月6日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第13代】 ジャンボ鶴田&ザ・グレートカブキ組
1990年7月19日 福井・武生市体育館 防衛回数0回
※90年7月30日、カブキの全日本プロレス退団により王座返上

【第14代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(2度目)
1990年12月7日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『90世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第15代】 スタン・ハンセン&ダニー・スパイビー組
1991年4月18日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第16代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(3度目)
1991年7月6日 神奈川・横須賀市総合体育館 防衛回数0回

【第17代】 三沢光晴&川田利明組
1991年7月24日 金沢・石川県産業展示館 防衛回数1回
※『91世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第18代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(4度目)
1991年12月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『91世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第19代】 ジャンボ鶴田&田上明組
1992年3月4日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『92世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第20代】 三沢光晴&川田利明組(2度目)
1992年12月4日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『92世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第21代】 テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組(4度目)
1993年1月30日 千葉県体育館 防衛回数0回

【第22代】 川田利明&田上明組
1993年5月20日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数2回

【第23代】 スタン・ハンセン&テッド・デビアス組
1993年9月3日 東京・日本武道館 防衛回数1回
※『93世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第24代】 三沢光晴&小橋健太組
1993年12月3日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『93世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝。『94世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第25代】 三沢光晴&小橋健太組(2度目)
1994年12月10日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※『94世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝

【第26代】 川田利明&田上明組(2度目)
1995年6月9日 東京・日本武道館 防衛回数3回

【第27代】 スタン・ハンセン&ゲーリー・オブライト組
1996年1月24日 長野・松本市総合体育館 防衛回数0回

【第28代】 川田利明&田上明組(3度目)
1996年2月20日 盛岡・岩手県営体育館 防衛回数0回

【第29代】 三沢光晴&秋山準組
1996年5月23日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数2回

【第30代】 スティーブ・ウィリアムス&ジョニー・エース組
1996年9月5日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第31代】 川田利明&田上明組(4度目)
1997年1月17日 長野・松本市総合体育館 防衛回数1回

【第32代】 小橋健太&ジョニー・エース組
1997年5月27日 札幌中島体育センター 防衛回数0回

【第33代】 スティーブ・ウィリアムス&ゲーリー・オブライト組
1997年7月25日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第34代】 小橋健太&ジョニー・エース組(2度目)
1997年10月4日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数0回

【第35代】 川田利明&田上明組(5度目)
1998年1月25日 神奈川・横浜文化体育館 防衛回数4回

【第36代】 小橋健太&秋山準
1999年1月7日 高知県民体育館 防衛回数1回

【第37代】 ジョニー・エース&バート・ガン組
1999年6月9日 仙台・宮城県スポーツセンター 防衛回数0回

【第38代】 大森隆男&高山善廣組
1999年7月23日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第39代】 三沢光晴&小川良成組
1999年8月25日 広島市東区スポーツセンター 防衛回数0回

【第40代】 小橋健太&秋山準組(2度目)
1999年10月23日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数2回

【第41代】 ベイダー&スティーブ・ウィリアムス組
2000年2月20日 兵庫・神戸ワールド記念ホール 防衛回数0回
※00年4月7日、ベイダーの左腕骨折により王座返上

【第42代】 川田利明&田上明組(6度目)
2000年6月9日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※大森隆男&高山善廣組との王座決定戦に勝利。00年6月16日、田上の全日本プロレス退団により王座返上

【第43代】 太陽ケア&ジョニー・スミス組
2001年1月14日 東京・後楽園ホール 防衛回数3回
※川田利明&渕正信組との王座決定戦に勝利

【第44代】 天龍源一郎&安生洋二組
2001年7月14日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第45代】 武藤敬司&太陽ケア組
2001年10月22日 新潟市体育館 防衛回数2回

【第46代】 ブライアン・アダムス&ブライアン・クラーク組
2002年7月17日 大阪府立体育会館 防衛回数1回
※アダムスのボクシング転向により王座返上

【第47代】 小島聡&太陽ケア組
2002年12月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※『2002世界最強タッグ決定リーグ戦』に優勝し、王座獲得

【第48代】 武藤敬司&嵐組
2003年6月8日 横浜文化体育館 防衛回数5回

【第49代】 小島聡&カズ・ハヤシ組
2004年1月18日 大阪府立体育会館 防衛回数1回

【第50代】 永田裕志&ケンドー・カシン組
2004年6月12日 名古屋・愛知県体育館 防衛回数0回
※04年12月12日、王座剥奪

【第51代】 太陽ケア&ジャマール組
2005年1月16日 大阪府立体育会館 防衛回数3回
※吉江豊&棚橋弘至組との王座決定戦に勝利

【第52代】 川田利明&太陽ケア組
2007年2月17日 東京・両国国技館
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2007年01月02日

3冠ヘビー級王者とは

三冠王者は、インターナショナルヘビー級・UNヘビー級・PWFヘビー級の歴史の深い3本のベルトを束ねた権威ある王座で、日本のプロレス史そのものと言える国宝級の王座である。1988年4月15日、大阪大会。当時、PWF・UNの王者だった天龍源一郎とインターナショナル王座のブルーザー・ブロディが史上初の三冠統一戦を行うが、30分00秒、両者リングアウトで決着つかず。この頃より三冠王座統一の気運が高まり、それぞれ王座が交代した1988年10月17日、広島大会では、PWF・UN王者のスタン・ハンセンとインター王者のジャンボ鶴田が戦い、引き分け。翌89年4月16日、後楽園大会でも、同一カードでの統一戦が行われたが、決着はつかなかった。そして迎えた二日後4月18日、大田区体育館。インター王者の鶴田が、ついにPWF・UN王者のハンセンを17分53秒、必殺のウエスタン・ラリアットをかわし、エビ固めで丸め込み史上初の3本のベルトを手中に収める。最近、定期的に興行が行われる大田区体育館は、全日本プロレスにとって初代三冠王者が誕生した、由緒ある会場である。
【初代】 ジャンボ鶴田
1989年4月18日 東京・大田区体育館 防衛回数1回
※インター王者としてPWF&UN王者・スタン・ハンセンとの三冠統一戦に勝利

【第2代】 天龍源一郎
1989年6月5日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第3代】 ジャンボ鶴田(2度目)
1989年10月11日 神奈川・横浜文化体育館 防衛回数2回

【第4代】 テリー・ゴディ
1990年6月5日 千葉公園体育館 防衛回数0回

【第5代】 スタン・ハンセン
1990年6月8日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第6代】 テリー・ゴディ(2度目)
1990年7月17日 金沢・石川県産業展示館 防衛回数0回
※90年7月27日、急病により王座返上

【第7代】 スタン・ハンセン(2度目)
1990年7月27日 千葉・松戸市運動公園体育館 防衛回数1回
※王座決定戦で三沢光晴に勝利

【第8代】 ジャンボ鶴田(3度目)
1991年1月19日 長野・松本市総合体育館 防衛回数3回

【第9代】 スタン・ハンセン(3度目)
1992年1月28日 千葉公園体育館 防衛回数3回

【第10代】 三沢光晴
1992年8月22日 東京・日本武道館 防衛回数7回
※『89世界最強タッグ決定リーグ戦』に向け王座返上

【第11代】 スティーブ・ウィリアムス
1994年7月28日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第12代】 川田利明
1994年10月22日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第13代】 スタン・ハンセン(4度目)
1995年3月4日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第14代】 三沢光晴(2度目)
1995年5月26日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数4回

【第15代】 田上明
1996年5月24日 北海道・札幌中島体育センター 防衛回数1回

【第16代】 小橋健太
1996年7月24日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第17代】 三沢光晴(3度目)
1997年1月20日 大阪府立体育会館 防衛回数8回

【第18代】 川田利明(2度目)
1998年5月1日 東京ドーム 防衛回数0回

【第19代】 小橋健太(2度目)
1998年6月12日 東京・日本武道館 防衛回数2回

【第20代】 三沢光晴(4度目)
1998年10月31日 東京・日本武道館 防衛回数0回

【第21代】 川田利明(3度目)
1999年1月22日 大阪府立体育会館 防衛回数0回
※99年1月29日、右腕尺骨骨折により王座返上

【第22代】 ベイダー
1999年3月6日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※田上明との王座決定戦に勝利

【第23代】 三沢光晴(5度目)
1999年5月2日 東京ドーム 防衛回数2回

【第24代】 ベイダー(2度目)
1999年10月30日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第25代】 小橋健太(3度目)
2000年2月27日 東京・日本武道館 防衛回数1回
※00年6月16日、全日本プロレス退団により王座返上

【第26代】 天龍源一郎(2度目)
2000年10月28日 東京・日本武道館 防衛回数1回
※王座決定トーナメント決勝戦で川田利明に勝利

【第27代】 武藤敬司
2001年6月8日 東京・日本武道館 防衛回数4回

【第28代】 川田利明(4度目)
2002年2月24日 東京・日本武道館 防衛回数0回
※02年3月28日、前十字じん帯、外側および内側半月板損傷により王座返上

【第29代】 天龍源一郎(3度目)
2002年4月13日 東京・日本武道館 防衛回数1回
※王座決定戦で武藤敬司に勝利

【第30代】 グレート・ムタ
2002年10月27日 東京・日本武道館 防衛回数1回

【第31代】 橋本真也
2003年2月23日 東京・日本武道館 防衛回数2回
※03年8月13日、右肩関節脱臼および腱板断裂により王座返上

【第32代】 川田利明(5度目)
2003年9月6日 東京・日本武道館 防衛回数10回
※王座決定トーナメント決勝で大谷晋二郎に勝利

【第33代】 小島聡
2005年6月10日 熊本・三井グリーンランド・レインボードーム(荒尾市) 防衛回数8回

【第34代】 太陽ケア
2006年7月3日 東京・大田区体育館 防衛回数1回

【第35代】 鈴木みのる
2006年9月3日 北海道・札幌メディアパーク・スピカ 防衛回数5回

【第36代】 佐々木健介
2007年8月26日 東京・両国国技館
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2007年01月01日

全日本プロレスとは

1972年、10月に故ジャイアント馬場が理想のプロレスを目指し、全日本プロレスを旗揚げ。ジャンボ鶴田、天龍源一郎などの日本人選手と、ザ・デストロイヤー、ブルーノ・サンマルチノ、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・ファンクス、フリッツ・フォン・エリック、マスカラスブラザーズ、スタンハンセン、ブルーザ・ブロディーなど強豪外国人選手を呼んで人気をはくす。現在は、2002年に新日本プロレスから移籍した武藤敬司が社長になり、力道山時代から続く三冠ヘビー級王者を中心に、「明るく、楽しく、激しく、新しい」プロレスをメインコンセプトに連日熱い闘いを展開している。また、武藤敬司の提唱する「プロレスラブ」のシンボルであるラブポーズもプロレス界のみならず、様々なメディアを通じて広がりを見せている。
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